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ハリルは槙野智章を諦めなかった…ブラジル、ベルギーの2連戦で花開いたCBのポテンシャル

■日本代表合宿でダメ出しの嵐

30歳を過ぎた選手が、ここまで進化するものなのだろうか——。

ブラジル、ベルギーと戦った日本代表。世界的な強豪国との2試合に先発出場した槙野智章のパフォーマンスには率直に言って驚かされた。

浦和レッズに所属する槙野は、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いるチームの常連だ。だが、その割に監督から槙野を褒める言葉を聞いたことがない。その口から出てくるのは、ほとんどがダメ出し。

以下に続く

「槙野に何を言うかはもう考えてある。彼のための映像も、20日前から用意してある」

2015年10月の国内組だけの日本代表候補合宿のメンバー発表でのコメントだ。槙野のプレーには、よほど改善点が多かったのだろう。合宿初日にはプレー映像を見ながら40分以上も個人面接を行なったという。

日本代表はプロの中でもトップレベルの選手が集まるチームである。だが、ハリルホジッチの槙野への接し方は、プロになりたての若手選手へのそれを思わせるものだった。

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超攻撃的DF。これが槙野の代名詞だった。最後尾から果敢に攻め上がるスタイルで、DFでありながらJリーグ通算37ゴールを挙げている。その一方で、DFにとってはネガティブな評価も少なくなかった。

「プレーが雑でミスが多い」

「大事な場面で集中が切れる」

「必要のないファウルをする」

もともと、身体能力に関しては日本人トップクラス。浦和のチームメイトたちは「槙野くんの身体能力は半端じゃない」と口をそろえるほどだ。しかし、身体能力の高さゆえに、プレーが雑になりがちだった。

正しい体の向きを作れていなくて対応が遅れたり、まずいポジショニングからあっさり裏を取られたり……。Jリーグであれば、こうしたミスはごまかせるが、国際試合では一発で命取りになってしまう。

そのことが、日本代表でセンターバック(CB)のレギュラーをつかみきれない要因になってきた。いつしか、純粋なCBというよりは、CBもサイドバック(SB)もこなすユーティリティなDFと見られるようになりつつあった。

だが、ハリルホジッチ監督は槙野を諦めなかった。

“槙野変身プロジェクト”。そう名付けたくなるほど、代表合宿では槙野への集中的なレッスンが行われた。ボールへの寄せ方、体の向き、ポジショニング、カバーリング。日本代表のチームメイトいわく「かわいそうになるぐらい」のダメ出しをされても、槙野は真正面から受け止めて改善に取り組んだ。

「僕のことを成長させたいという気持ちを感じるし、僕自身も変わらなければいけないという気持ちになる」(槙野)

■ベルギー戦でのルカク対策

そもそも、なぜハリルホジッチ監督は槙野にこだわるのか。それは世界で勝つために槙野のようなCBが必要だからだ。

高い位置から積極的にプレッシングをかけて、ボールを奪ったら素早くゴールに向かって攻める。そんなハリルホジッチ監督のチームでは、ディフェンスラインを高く保てるかが生命線になる。

ディフェンスラインを押し上げる戦術を採用した場合、ネックになるのはCBの背後を狙われやすくなること。広いスペースをカバーすることを考えると、槙野のようにスピードがあって、身体能力に優れたCBが適任なのだ。

もう一つ、重要なのはCBの軸となる吉田麻也(サウサンプトン)との相性だ。ザックジャパンの頃からコンビを組んでいたFC東京の森重真人が負傷の影響で代表落ちしたことにより、白羽の矢が立ったのが鹿島アントラーズの昌子源だった。

鹿島でディフェンスリーダーを務める昌子は、リーダーシップをとって周りの選手を動かすタイプで、吉田とキャラクターが重なるところがある。6月の2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選・イラク戦では吉田・昌子の2人が出場したが、フィットしきれなかった。

日本代表の最終ラインはCBの吉田、右SBの酒井宏樹(マルセイユ)、左SBの長友佑都(インテル)の3人はほぼ固定されてきた。残るは1枠、吉田のパートナーとなるCBを誰にするのか。今回の欧州遠征での槙野を起用は、吉田のパートナー選びという重要な意味を持っていたのだ。

2試合に先発出場を果たした槙野の表情は充実感に満ちたものだった。

「チャンスをもらっているし、試合の中で自分がどうフィットして、自分の力を発揮できるかは常に考えています。今回の2試合、特に僕の仕事だったブラジルの(ガブリエウ)ジェズス、ネイマール、今回の(ロメル)ルカクもそうですけど、自分にとっては楽しみだったし、自分の良さをはっきり出せた2試合だったと思います」

ベルギー戦では“ルカク封じ”がテーマとなった。マンチェスター・ユナイテッドで活躍するセンターフォワードのロメル・ルカクはパワー、スピード、高さを兼ね備えたFWだ。サウサンプトンの吉田が「これまで対戦してきたFWの中でも別格」というほどの怪物だ。

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ルカクの良さが最も発揮されるのは、ゴールに近い位置でパスを受けた時だ。相手を背負った状態でもボールを失わないので、周りの選手は思い切って動き出せる。ポストプレーだけでなく、自分からターンして強引にシュートも打てる。ゴールに近ければ近いほどこの勝負に持ち込まれやすい。

「彼をペナルティーエリアの中に入れさせないのが僕たちの作戦だった」(槙野)

ボールを持っている相手にプレスがかかっている時や、後ろにボールを下げた時は、最終ラインがスッと2〜3メートル上がって、最前線のルカクをオフサイドポジションに置く。ルカクはそこでパスを受けてもオフサイドになるので、下がらざるをえない。

ゴールから遠い位置であれば、ボールを受けられても、すぐにはピンチにならない。中盤の選手と協力して挟み込むこともしやすい。要注意人物のルカクにそれほど仕事をさせなかったのは、勇気を持ってディフェンスラインを高く保ち続けたからだ。

「ああいう力強い選手に対して、しっかりとラインを押し上げることで彼の良さを消すことと、彼に時間とスペースを与えないことを心がけていたので。1点取られてしまいましたけど、それ以外のところはパーフェクトにできたと思っています」(槙野)

W杯本番でも対戦国にはキーマンとなるFWがいるだろう。突出した個を持っている相手を抑えるために、組織として連動することが必要不可欠。槙野が吉田と息の合ったプレーを見せたことは、最大の収穫の一つと言えるだろう。

■「正解」だったファウル

最後に、どうしても触れておきたいプレーがある。

後半の13分(58分)。槙野がトルガン・アザール(ボルシアMG)にファウルをした。パスをもらうために、自陣方向に下がっていったT・アザールに、槙野がぴったりとついていく。T・アザールがパスを受けてターンを狙ったところを倒してしまう。

槙野がファウルをしたのは「正解」だった。

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右サイドのシャドーストライカーでプレーしていたT・アザールのマークはサイドバックの長友か、アンカーの山口蛍(セレッソ大阪)になることが多い。だが、この場面ではマークにつく選手がいない、“浮いている”状態だったので、CBの槙野が前に出る形で対応した。

もしも、CBの槙野がかわされてしまうと、最終ラインに穴が空いた状態で守らなければいけない。前を向いてからのスピードに乗った攻撃は、ベルギーが最も得意とする形である。槙野がファウルで止めていなければ、決定的なチャンスを作られた可能性は高い。

ゴール前でファウルをすれば、直接狙える位置でのフリーキックを与える上に、イエローカードをもらいやすい。だが、ゴールから遠い位置でのファウルであれば、イエローカードが出る確率も低い。もちろん、ファウルをせずに止められるのが一番良いが、それができなければファウルをしたほうが良い場合もある。

槙野のファウルは試合の流れを読んで、危ない場面を未然に防いだという意味で価値があるものだったと思う。

ムードメーカー枠でも、CBとSBのバックアップ枠でもなく。CBのレギュラー候補として名乗りを挙げた槙野。この男のさらなる進化は、日本の W杯での躍進に必要不可欠だ。

文=北健一郎

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