カナダ出身のジャーナリスト、マルコム・グラッドウェルの著作『Revisionist History(Podcast)』に「My Little Hundred Million」というエピソードがある。そこで彼は、博愛主義者にとって、プリンストン大学のようなエリート機関により多くの金を浪費するよりも、比較的小規模でエリートではないアメリカの大学に金を出す方が何倍も有益だと論じている。
教育システムにおいて最弱の機関をアップグレードするほうが、最強の機関を強化するよりもはるかにいい――。これをわかりやすく説明するために、グラッドウェルは2つのスポーツ、バスケットボールとサッカーを比較している。
バスケットボールは、最高の選手によって個々の試合や大会の結果が大いに左右される「ストロング・リンク」なスポーツだ。それに引き換え、サッカーは「ウィーク・リンク」なスポーツである。つまり、試合の結果が必ずしも最高の選手で決まるのではなく、最弱な選手で決まるということだ。
大学のシステムはサッカーと同じだと、グラッドウェルは言う。同じく「ウィーク・リンク」なのだ、と。
■レアル・マドリーがCL3連覇を達成できた理由
グラッドウェルのこのアイディアは、書籍編集者のクリス・アンダーソンと統計学の専門家であるデイビット・サリーの共著『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』から来ているものだ。
アンダーソンとサリーは、サッカーチームの強さは最弱なリンクの強さと比例すると指摘している。最弱な選手が、強力な選手たちよりも勝利のためのチャンスに関して強い影響力をもっているというのだ。
2人のデータによると、No.1の選手と11番目の実力の選手、両方の相対的な力がシーズンにおけるクラブのゴール数と各試合で獲得した勝ち点に有意かつポジティブに関係があることが明らかとなった。たとえば、最弱な選手が10%実力をあげると、シーズンを通して勝ち点13が上積みされたという。
レアル・マドリーのこのところのチャンピオンズリーグでの成功は、スーパースターが大勢いるからではなく、主要エリアでのプレーが段階的に改善したことによる。ダニエル・カルバハルとカゼミーロが良い例だ。レアルのタイトル獲得にはクリスティアーノ・ロナウドに負うところが大きいとしても、鍵となる強さはピッチの最強な部分ではなく、最弱な部分から来るものなのである。
このロジックを使うと、フロレンティーノ・ペレスの不名誉な「ジダン&パボネス構想(編注:銀河系軍団構想とも。2000~2006年、スター選手と生え抜きの若手を組み合わせるというペレス会長の構想)」の失敗もうなずける。チームのトッププレイヤーと最弱な選手とのギャップが大きすぎたのだ。
なるほど、チームにとって1人のスーパースターを獲得するよりも、チーム内のさまざまなウィークポイントを改善するほうに予算を使うほうが、より生産性は高いということだ。これは昨シーズン、パリ・サンジェルマンが学んだことだろう。ネイマールに2億2200万ユーロを費やしたが、欧州の頂点に近づくことはできなかった。
■エジルはNBA選手ならもっと成功していた?
Gettyサッカーは点の入りにくいスポーツだ。最高の選手の天才的なプレーよりも、1つのミスで試合が決まることの方がはるかに多い。そうしたミスをなくせば、試合に負ける可能性は下がる。
この法則をアーセナルに当てはめることも難しくない。チーム最高給で契約し、最も成功している選手――メスト・エジルが毎週批判にさらされているのだ。
エジルがチェルシー戦で活躍しなかったのは、万人が認めるとおりだ。だが、サッカーは「ウィーク・リンク」なスポーツである。試合結果はスーパースターではなく、スーパースター予備軍によって決まる。
後者に関して言えば、アーセナルは抜きんでているだろう。チェルシー戦の先発を見れば、エジルとアーセナルのNo.2、ピエール=エメリク・オーバメヤンが持つ才能と決定力に匹敵する力をもつチームなど、ごくわずかであることは明らかだ。だが、世界王者となる力を持つエジルと、チームの他選手との間には決定的なミスマッチがある。
これがバスケットボールだったならば、エジルはレブロン・ジェームズのように試合結果に大いに影響を及ぼせただろう。レブロンはバスケットボール界の“キング”であり、より多くボールを保持し、より素早く長い距離をカバーできる。いつでも試合のあらゆる場面に顔を出し、影響力を発揮できるのだ。バスケットボールは「ストロング・リンク」なスポーツである。
エジルは素晴らしい名声の持ち主であるがゆえに(高給取りであることは言うまでもない)、試合にかかる期待を一身に背負う運命にある。ウナイ・エメリ監督は、プレシーズンマッチの記者会見で「エジルはもっとハードワークできるはずだ」とほのめかすようなコメントを残し、アーセナルを比較的シニカルに見ているサポーターを喜ばせた。
しかしながらそうと明言したわけではない。チェルシー戦の後、このドイツ人がチームに貢献してくれて嬉しいと明言した。事実、エジルは予定より数日早くプレシーズン中の練習に戻ってきたこともあり、チーム内では広く尊敬を集めている。
「メストには満足している」と、新監督は述べた。「彼が来てくれて、私は同じ仕事ができるだろう。手助けすると同時に、毎日ハードワークしてくれと要求している。今のところそれを実行してくれているので嬉しいよ。彼のプレーぶりから言って、いてくれればよいシーズンになると確信している」
良い兆候はある。スタンフォード・ブリッジでのアレックス・イウォビによる2点目は、エメリのメッセージが浸透すればアーセナルが今シーズンどうなるかを如実に表していた。スペイン人監督は、クオリティが均一ではないチームを自在に操っている。全員がひとつになるかどうかは監督次第なのだ。
■「チーム最高の選手である」がゆえ…Getty Images
才能の差があまりないこと(よりドラマチックな違いではなく)は、チームの成功を決定する重要なファクターだ。選手全員がおおよそ同じレベルに揃ったチームは、1人のスーパースターがいる平均的なチームよりも試合に勝つチャンスが大きい。アーセナルはどちらのタイプだろうか?
「全選手が70%のチームは、100%の選手が2人いて、大多数が70%、50%の下手くそが1人、30%のダメダメが1人のチームよりもいい」と、アンダーソンとサリーは結論づけている。「ストロング・リンクでは勝てない。ウィーク・リンクでは負ける」と。
これは、より強い選手たちにそれ以上のことができないという意味ではない。エジルのような選手は、ピッチ上で勝者のメンタリティを示してきたし、ピッチの外でも献身的だ。事実、後者に関してはアーセナルから不平が多く聞かれるようなことはない。そう、それに関して彼はリーグで最も有益な選手の1人でありつづけているのだ。
2013年9月にアーセナルと契約して以来、エジルはプレミアリーグで最もアシストをした選手であり(50)、最もビッグチャンスを作りだしてきた選手である(61)。オープンプレーからのアシスト数でエジルを上回るのは、ダビド・シルバだけだ(35対37)。
チャンスクリエイト数ではクリスティアン・エリクセンに次ぐ2位だが(478対480)、トッテナムMFは29試合もエジルより多くプレーしていた。オープンプレーでのチャンスクリエイト数は、エジル(353)はエデン・アザール(410)に次いで2位である(これらの数字はすべて『Opta』によるもの)。
同時期、アーセナルほどプレミアリーグで被シュートに繋がったミスをしているチームはない(145)。アーセナルの勝敗数は、エジルに関わるよりも守備陣が犯したミスの数に関係しているのだ。
ここ数シーズンにわたるアーセナルのチーム力の劣化は、エジルの失態ではない。エメリのせいでもない。だが、解決すべきなのはエメリ自身である。
エメリは、一刻も早く「ウィーク・リンク」をエジルのレベルに近づける方策を見つけなければならない。22年の長期政権が終わった今、アーセナルの未来はその他ピッチに立つ10人にかかっているのだから――。
文=ピーター・スタントン/Peter Staunton
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