abramovich perez(C)Getty Images

チェルシーとレアル・マドリーに見る「欧州サッカーと政治」…国策を担う新興勢力と危機を感じるエリート勢

時代の節目

4月を迎えて2021-22シーズンも終盤を迎えた欧州サッカー。過去2年間にわたってあらゆる意味で大きな爪痕を残してきた新型コロナウイルス禍もようやく収束に向かい始め、スタジアムの入場規制も撤廃されてスタンドには歓声と熱気が戻ってきた。

以下に続く

欧州最高峰のコンペティション、UEFAチャンピオンズリーグ(以下CLと略)も準々決勝そして準決勝という、例年最もエキサイティングな戦いが展開される一番の山場にさしかかっている。これに先立つラウンド・オブ・16では、2010年代を通してCLの主役を演じてきた偉大なライバル、クリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・ユナイテッド)とリオネル・メッシ(PSG)が、昨シーズンに続いてベスト8にも届かず姿を消すという「時代の節目」を感じさせる出来事もあった。

この準々決勝で一番のビッグカードと言えるのは、前年王者チェルシーと史上最多優勝記録を持つ古豪レアル・マドリーの対決だろう。スタンフォード・ブリッジでの第1レグは、ほかでもないメッシのPSGを敗退に追いやったラウンド・オブ・16第2レグに続く2試合連続のハットトリックを決めたカリム・ベンゼマの大活躍により、R.マドリーが敵地で3-1の勝利。2試合合計1-3で敗れた昨シーズン準決勝の雪辱に一歩近づいた。

政治・経済に巻き込まれる欧州サッカー

Europe is funding the war-not cfc(C)Getty Images

そして、CL及び欧州サッカーが時代の節目を迎えているのは、ピッチ上だけではない。ピッチの外でもまた、大きな転換期に直面しているからだ。例えばこのチェルシーとR.マドリーはそれぞれピッチ外でも、欧州を揺るがすビッグイシューの主役となっている。

チェルシーは周知の通り、2003年からクラブを保有してきたロシアの大富豪ロマン・アブラモヴィッチが、2月末から続くロシアのウクライナ侵略に対して英国政府が行った制裁措置による資産凍結の対象となり、経営権の売却を強いられる事態に直面している。

ロシアの経済界を牛耳る「オリガルヒ(新興財閥主)」のひとりであるアブラモヴィッチが、ウラジミール・プーチン大統領と個人的にも密接な関係にあることは以前から知られてきた。それに加えて今回クローズアップされたのは、現在は母国ロシアに加えてイスラエル、ポルトガルのパスポートも持つユダヤ系ロシア人の彼が、ロシアだけでなくウクライナやトルコ、イスラエルの政財界にもユダヤ人社会を通じて太いパイプを持っていると見られることだった。

人々を驚かせたのは、この1カ月の間にベラルーシ、トルコなどで行われたロシア=ウクライナ間の停戦交渉にも、正式な立場は不明だが仲裁役の1人として参加していたこと。ベラルーシでは何者かによって毒物を盛られて数時間視力を失ったという報道もある。

これまでは単に、その桁外れの財力にモノを言わせて、チェルシーを「プレミアリーグの中堅クラブからCLを2回制覇する欧州指折りのメガクラブに押し上げた大富豪」というイメージしかなかったアブラモヴィッチが、そのチェルシーを手放そうとしている一方で、誰のどんな利害をどのように担っているのかも明らかではないままに、欧州、さらには世界の命運を左右しようとしている戦争の調停に奔走している――。その事実は、欧州サッカーが単なるスポーツの枠を超えて政治や経済の領域にも直接、間接的に巻き込まれているという2020年代の現実を象徴するものだ。

スーパーリーグ構想と欧州サッカーの未来

european super league(C)Getty Images

クラブのオーナーシップが政治や経済と結びついているのは、チェルシーだけの話ではない。そのチェルシーと並んで、それまでの欧州サッカーの勢力地図を「カネの力」で塗り替えたPSGとマンチェスター・シティはそれぞれ、カタール、アブダビ(UAEの首長国)という中東の小国家が実質的なオーナーであり、国の知名度とイメージの向上、いわゆるソフトパワーの増大を目的とする国策の重要な一翼を担っている。

チェルシー、マン・C、PSGという、これまでのクラブオーナーとは桁が2つも3つも違う巨大資本をオーナーに持つクラブの急速な台頭は、それまで欧州のトップレベルに君臨してきた歴史的なエリートクラブに大きな危機感をもたらした。その代表格ともいえるR.マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長が、欧州サッカーの頂点から滑り落ちつつあるユヴェントスのアンドレア・アニエッリ会長、さらにはスペインのライバルにして盟友であるバルセロナと語らい、昨年4月、事実上CLを置き換える欧州最高峰のコンペティションとして「ヨーロピアン・スーパーリーグ」の構想を大々的に打ち出したのも、この危機感が大きな動機だったと見ることが可能だ。

この「スーパーリーグ構想」自体は、UEFAはもちろん英国をはじめとする欧州各国政府、そして何より多くのファン・サポーターの強い反発に遭って、当初参加を表明していたプレミアリーグの6クラブ、さらにはミラン、インテルの離反を招き、わずか48時間で頓挫するという結末を迎えた。しかしペレス、アニエッリ、そして昨年バルセロナの会長に返り咲いたジョアン・ラポルタは、UEFAから独立した形で運営されるスーパーリーグの実現を諦めたわけではまったくない。

ペレスとアニエッリは3月初め、「EUにおけるフットボールの未来を再考する」と題されたレターをEU本部に送付し、欧州サッカーはUEFAの独占によらない、より時代とファンのニーズに応える魅力的なリーグの設立による変革を必要としていると訴えた。このレターによると、彼らが現在計画中のスーパーリーグプロジェクトは、昨年4月の発表時に最も大きな非難の的となった「固定メンバーシップ」を廃した開かれたシステムになっているとされる。

それが具体的にどのようなものなのかは、まだ明らかになっていない。これまで一貫して強い反対の立場を取り続けているラ・リーガのハビエル・テバス会長は3月23日、「プレミアリーグ勢が参加しないことを前提にしたイングランド抜きのプロジェクトが進んでいるのを知っている」とコメントしている。しかし“首謀者”の1人であるバルセロナのラポルタ会長はその1週間後に「スーパーリーグのプロジェクトは進化している。固定メンバーのいないオープンな大会になる。イングランド勢も前向きだ」と語っており、情報が錯綜している状況だ。

 

このスーパーリーグ構想が実現するかどうかを最も大きく左右するのは、計画を主導する3クラブが提訴した「UEFAの独占的な立場はEUが掲げる自由競争原則に抵触する」という主張に対して、欧州司法裁判所がどのような判断を下すか。年内には出ると予想されているこの判断が、UEFAの独占的な立場を否定するものになれば、スーパーリーグ側はUEFAから独立した新たなリーグ組織を設立する正当な理由を手に入れることになる。逆にこの提訴が否定されれば、スーパーリーグのプロジェクトは法的な根拠を失い、消滅に向かうことになるだろう。

こうした「ピッチ外における時代の節目」という文脈の中に置いてみると、このチェルシー対R.マドリーという対決も異なる表情を帯びてくる。スポーツという枠を超えて国際的な政治・経済の動きに翻弄される現CLチャンピオン。通算13回というダントツのCL優勝記録を持ちながら、そのCLを壊してスーパーリーグを立ち上げることによって自らの地位を守ろうともがくR.マドリー。ピッチ上の結果がどちらに転んでも、この2クラブは当面の間、欧州サッカーの未来を左右する主役であり続けるだろう。

文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

広告