real madrid(C)Getty Images

歌う指揮官、号泣する主将、誇らしげに15回目を望むファン…永遠に語り継がれる“今のレアル・マドリー”の終幕【現地取材記】

魔法の三夜

real madrid1(C)Getty Images

ここはレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。僕はメインスタンドの中央ら辺にある記者席で、レアル・マドリーの面々がやって来るのを待っている。前日にチャンピオンズリーグ優勝を果たした彼らは祝勝パレードを行っている真っ最中で、最後の祝賀会場となるこのスタジアムには22時頃に到着する予定。今、時計は21時半を回ったところだ。

ピッチ中央には四面に大型ビジョンが貼られた箱型の舞台装置があり、その上はチーム全員が立てる台となっている。その台にポツンといるセレモニー進行役の有名コメディアンによれば、チームは約40万人が集まったシベーレス広場をすでに後にしてベルナベウに向かっているとのこと。その知らせに、記者席の真下の席にいるマドリディスタ(マドリーサポーター)は沸き立つ。もちろん彼らの半分、いや、半分以上がマドリーのユニフォームを着ている。プリントされた名前はジダン、ロナウド(11番)、ベッカム、ロナウド(7番)、ベンゼマ、モドリッチ……それと14番をつけたチャンピオンズという名の選手もいる。おそらくは鳴り物入りの、エンバペが嫉妬するほど魅力的な銀河系選手だ。

以下に続く

パソコンのスリープ画面みたいに「グラシアス・マドリディスタたち」との文字が踊っていた大型ビジョンの画面が切り替わる。映し出されたのは、今季チャンピオンズのハイライト。ジダンやラウールやモドリッチ、さらにはチャンピオンズ本人も食い入るように画面を見て、ゴールが決まる度に大歓声を上げている……当たり前だ。今季マドリーの欧州最高峰の大会におけるハイライトは、ただそれだけでスペクタクルとして成立するのだから。

ここベルナベウを舞台とした三つの2ndレグで起きたことが本当に現実だったのか、今でも疑わしい。ベスト16のPSG戦、2戦合計0-2の状況で迎えた61分にベンゼマがドンナルンマにハイプレスを仕掛けて1点を返し、76分と78分にも彼が立て続けにゴールを決めて逆転勝利。準々決勝のチェルシー戦、1stレグに3-1で先勝しながらも3失点して一時逆転を許し、それでも80分にモドリッチのアウトサイドクロスからロドリゴが同点ゴールを記録すると、延長前半のベンゼマ弾で再逆転勝利。準決勝のマンチェスター・シティ戦、73分のマフレズ弾で2戦合計5-3とされて今度こそダメかと思ったが、90分と91分のロドリゴ弾で同点に追いつき、延長前半のベンゼマPK弾で大逆転勝利……。これが映画ならば、あまりに現実からかけ離れた、くどすぎる劇的展開に辟易してしまうだろう。しかし、現実はこっちの方だった。このスタジアムは現実からかけ離れた現実、魔法の三夜を生み出したのだった。

凱旋

real madrid2(C)Getty Images

22時半頃、チームがベルナベウに到着したことが伝えられて、22時50分になってようやくベルナベウの照明が消える。サポーターがスマートフォンのライト機能でベルナベウに一つの宇宙をつくり出した後、舞台照明がそれ以上の光を発して、重低音の効いた音楽も流れ始めた。王者たちの登場だ。最初にカルロ・アンチェロッティ、次に彼が率いるコーチングスタッフ、その次に選手が一人ひとり「Seven Nation Army」のあのギターリフとともにピッチに現れ、箱型の舞台装置の上に登っていく。一際大きな拍手と歓声を浴びていたのはヴィニシウス、モドリッチ、クルトワ、ベンゼマ……マドリディスモ(マドリー主義)の根幹たる不撓不屈の精神を、決勝まで体現し切った選手たちだった。

リヴァプールとの決勝戦。試合前日のベッティングサイトではリヴァプール勝利が2.5倍、マドリー勝利が3.5倍で、優勝本命とされていたのはユルゲン・クロップのチームだった。ゲーム内容に関しては、そのオッズ通りだったろう。が、魔法の三夜を経験してるマドリーもそのサポーターも、ゲームでなく勝敗に関しては自分たちが本命と感じていた。

前半、いかに劣勢に立たされようとも、マドリーの選手たちから気後れしているような表情はうかがえない。サラー、とりわけマネの決定機をクルトワが奇跡と形容できるセーブで防いだときもチームとしての動揺は見えず、むしろ結局オフサイドとなったベンゼマがワンチャンスを物にした場面で優勢さすら感じさせた。マドリーはリヴァプールのスピードにこそついていけないが、ジャブの連打を物ともせず、ストレートも間一髪でかわして、類を見ない技術と威力のアッパーで一撃KOを狙うボクサーだった。

リヴァプールのスピードに徐々に目を慣らしていったマドリーが、ついにアッパーをミートさせたのは59分のこと。モドリッチが3選手を引きつけながら意表を突く左足の縦パスを中央に絞っていたカルバハルに出し、カルバハルからすぐそばのカセミロ、カセミロから大外のバルベルデにボールをつなげる。バルベルデがその縦への推進力を生かして右サイドを駆け抜け、彼の送ったグラウンダーのクロスをオフサイドポジションのベンゼマがスルーして、ファーのヴィニシウスがボールを枠内に押し込んだ。

リヴァプールはこの強烈な一撃にダウンこそしたものの、そのままマットに沈むことなく、マドリーを逆にKOできるほどの決死のパンチを繰り出してきた。が、クルトワがこの試合のMVPを決定づけるさらなるファインセーブを見せて、彼らをシャットアウト。PSG戦でもチェルシー戦でもシティ戦でもチームの敗退を救うセーブを見せながら、劇的勝利の性格上ゴールばかりに目が行き、そこまで注目を浴びてこなかったクルトワが決勝で主役となったのは、まさに彼にふさわしいことだった。

その決勝の翌日にあたる今、ベルナベウの記者席にいる僕はスペインのスポーツ紙『マルカ』を手に持っているが、その1面には「デシモクルトワ」との見出しが打ってある。14回目のチャンピオンズ制覇を意味する「デシモクアルタ」をもじった言葉だ。

永遠のシーズン

real madrid3(C)Getty Images

23時10分、最後にベルナベウに登場した選手はマルセロ。ここまでの傾向では若手選手か出場機会が多い選手たちが胸のエンブレムを叩いてクラブ愛を強調し、ベイルらはただ手を上げるのみだった(それでも、もちろんこの日にブーイングを浴びせる人などいない)。一方で今季限りでの退団が決定している今季限りのマドリー主将はというと……ピッチに登場した瞬間から両膝を地面について、両手でエンブレムを包み込んだ。彼はもう、その時点で泣いていた。

マルセロは契約の延長を最後まで望んでいたようだが、ピッチ上で然るべきレベルを示せない選手が去らなければいけないのは、マドリーの鉄の掟だ。1950年代にマドリーを今現在の地位まで押し上げたディ・ステファノもそうだったと聞くし、2000年代でも早過ぎると感じるタイミングで引退を選択したジダンを除いて、全盛を過ぎた選手たちは他クラブに居場所を求めていった。マドリーは老いていく者を容赦なく置き去りにする。2006年から在籍する一番の古株であっても関係ない。

しかし、それでも僕たちは覚えているのだ。左サイドを駆け上がり、抜群のテクニックを見せつけるマルセロのことを。その横にいた最強のゴールマシン、クリスティアーノ・ロナウドのことを。C・ロナウドとも監督とも意見を戦わせ、その強靭なメンタリティーを92分48秒弾で発揮したセルヒオ・ラモスのことを。

“今のマドリー”が最初にビッグイヤーを掲げたのは、その92分48秒弾が炸裂した2014年のアトレティコ・デ・マドリーとの一戦。デシマ(10回目の優勝)から2016年のウンデシマ(11回目)、2017年のドゥオデシマ、2018年のデシモテルセーラ、そしてデシモクアルタ……。今季マドリーの現実からかけ離れた軌跡は、優勝を重ねて手にしてきた、受け継いできたメンタリティーなしには語れない。そしてバルで会う老人たちがチャンピオンズカップ5連覇を果たしたディ・ステファノのチームを自慢するように、僕たちはこの9年間で5回の優勝を果たしたマドリーを、マルセロが、S・ラモスが、C・ロナウドが、ベイルが、モドリッチが、ベンゼマが、クルトワが、ヴィニシウスが(etc...)がいたマドリーを、アンチェロッティとジダンが指揮を執ったマドリーを未来永劫誇るのだろう。このマドリーは、僕たちにとっての永遠だ。

祝勝会ではその後、デシマ達成時につくられたイムノが歌われた。1番ではアンチェロッティがマイクを手に取り(スマートに歌うのではなく、音痴ながらも堂々と歌って皆を笑顔にする人物だからこそ、彼は完璧なマドリー監督なのだ)、2番はベンゼマからマイクを渡されたマルセロがメインボーカルを務めている。

「マドリー、マドリー、マドリー、アラ・マドリー! それ以上はない、それ以外いらない、アラ・マドリー!」

イムノでベルナベウは、文字通り一体に。それから選手たちはピッチを一周してファンに感謝を告げ(マルセロはずっと涙をこらえている顔をしていた)、いつものロッカールームへと続くトンネルへと入っていった。レアル・マドリーの2021-22シーズンがついに終わった。

僕がベルナベウを出たのは0時過ぎ。スタジアムの外は、意気揚々と家路につく白いユニフォームの人々であふれかえっていた。プリントされた名前はシャビ・アロンソ、イスコ、エジル、ラウール、セルヒオ・ラモス、クルトワ……そして、マルセロ。缶ビールを片手に持ったこっちの、アフロではないマルセロは、すでに枯らしている声で、空に向けてこう叫んだ。

「次はデシモキンタ(15回目の優勝)だ!」

取材・文=江間慎一郎(マドリード在住ジャーナリスト)

広告