■攻撃的なプレーなら何でもできる
“クリリン”ことマルコス・ジュニオール・リマ・ドス・サントスが来日前に注目されたのは、愛称通り世界的な人気漫画『ドラゴンボール』のキャラクターに似た風貌と左腕のタトゥー、作品の必殺技を真似たゴールパフォーマンスによるところが大きかった。
もちろんブラジルの国内リーグに興味のあるファンは、強豪フルミネンセで100試合以上出ているブラジルでもトップクラスの選手であることを知っていたはずだが、ここまでフィットすると予想できた人はあまりいないのではないか。
19試合で9得点4アシスト。この数字だけ見ても、今シーズンの横浜F・マリノスにとってM・ジュニオールがどれだけ重要な役割を果たしているかが分かる。しかし、実際に試合を見るとそうした数字すらかすむほどに貢献は計り知れない。なぜならば彼のプレーこそが、横浜FMが目指すスタイルの質を高めるためのカギそのものであるからだ。
開幕戦は4-3-3の左ウイングでスタートしたM・ジュニオールはエジガル・ジュニオのケガや三好康児のコパ・アメリカ参戦による離脱、天野純のベルギー2部ロケレン移籍など、チーム事情が目まぐるしく変わるなかで1トップ、トップ下など複数のポジションで起用された。しかし、どのポジションでも基本的なスタイルは変えることなく、チャンスの起点として、良質なパサーとして、危険なフィニッシャーとして機能した。
攻撃的なプレーなら何でもできる選手だが、いわゆる“器用貧乏”になっておらず、あらゆるプレーがスペシャリストのクオリティであることが、味方によって心強く、対戦相手にとっては非常に厄介なところ。相手陣内で正確なワンタッチパスを周囲の味方に通したかと思えば、意外なタイミングでドリブルを仕掛けてペナルティエリアまで進入する。
攻撃における基本的なパスワークをベースにしながらポジションを移動し、味方と動きが重ならないようにしながらタイミングよくボールを引き出して、状況に応じて豊富な選択肢から効果的なプレーを繰り出して行く。そうした流動的で、バリエーション豊富なプレーは左ウイングだろうと、1トップだろうと、トップ下だろうとスタートポジションが異なるだけであり、スタイルを大きく変える必要がないのだ。
流れのなかで受け手にも出し手にもなれるM・ジュニオールは俊敏な仲川輝人や縦のドリブルを最大の持ち味とする遠藤渓太、正確なボールコントロールとトリッキーなプレーを織り交ぜる三好といったそれぞれ特徴の異なる選手たちと良い距離感、スムーズなコンビネーションで相手ゴールを脅かす。
とにかく、ここを気を付けていれば大丈夫というポイントが見出しにくい選手であり、彼に警戒を集中させれば囮になり、シンプルに周りを生かすこともできる。
■プレッシャーをも吸収する落ち着き
©J.LEAGUEJリーグでの初ゴールは第3節の川崎フロンターレ戦で記録したが、実にM・ジュニオールらしいゴールだった。大津祐樹とのワンツーを起点に、右サイドを抜けた仲川が中央に折り返すと、1トップだったE・ジュニオがスルー。その向こう側でフリーになっていたM・ジュニオールが冷静にGKの届かない左隅に決めた。
横浜FMの右サイドからの攻撃に合わせて逆サイドのM・ジュニオールも走りこみ、相手のディフェンスも付いてきていたが、途中で立ち止まり、クロスをフリーで受けられる状況を作っていた。「かめはめ波」のゴールパフォーマンスが注目の的になったが、M・ジュニオールの特徴をよく表すゴールだった。
そうした一つひとつのプレーには落ち着きが感じられる。ワンタッチで捌くにせよ、ドリブルでボールを運ぶにせよ、相手のプレッシャーでボールコントロールを失わずにプレーができ、イージーミスが少ない。
それは27日に行われたマンチェスター・シティとの親善試合でも見られた。プレシーズンながらタイトなディフェンスを敷いてきたマンチェスター・Cに対しても、高い位置に起点を作り、攻め切れていたのはM・ジュニオールがプレッシャーを吸収して周りの選手を前向きにさせていたことが大きい。結局はそれが直接ゴールに絡めるチャンスとして返ってくる。
チームが大きく崩れない限り、今後もゴールやアシストを伸ばし、勝利の殊勲者になる試合も増えていくはず。ただ、そうした流れを引き寄せる前提として、組み立て時点からの効果的なポジショニングやボール捌きがあり、そこから周りの選手とお互いを生かしあうゴールへのプロセスを意識してプレーできていることが結果につながるということだ。
その高い個人能力を持ってすれば、他のクラブでもそれなりに結果を残せたかもしれないが、横浜FMとの出会いはクラブにとってもM・ジュニオールにとっても運命的と言えるかもしれない。
得点王争いのトップを走るE・ジュニオの長期離脱により、ますますM・ジュニオールにかかる期待は高まるが、独りよがりのプレーに陥ることなく、仲間たちとビジョンを共有し、響きあいながら決定的なプレーを導き出していくはずだ。
文=河治良幸
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