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【高校サッカー選手権コラム】初出場校の快進撃。「野球でも柔道でもなく、サッカーの」東海大相模が国立へ

「誰も信じてくれないと思う」ところから国立へ

 東海大相模を率いる有馬信二監督は試合後、いつもどおりの豪放磊落な雰囲気で取材に応じ、こう言って笑顔を浮かべた。

「(14年前の赴任当時)東海大相模が国立へ行くなんて言っても、誰も信じてくれないと思います。(東海大相模と言えば)野球と柔道じゃないですか」

 スポーツ強豪校として名を知られる東海大相模だが、サッカーの世界では全国レベルの強豪ひしめく激戦区の神奈川県でなかなか存在感を出し切れていなかった。

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 そこに系列校である福岡の東海大学第五高校で長く指導者として活動していた有馬監督が招かれ、サッカー部を強化し直していく取り組みが始まった。福岡出身だが、家族と揃って移住し、骨を埋める覚悟で情熱を注いできた。

 就任当初から国立は「夢」と思っていたと言うものの、その距離はかなり遠く感じていたそうである。

「就任2年目には、(当時の選手たちを)国立の決勝へ連れて行ったんです。でも彼らはお菓子を食べて、ジュース飲んでいるだけだった」

 具体的に“国立”を目標として捉える雰囲気が最初から部にあったわけではなかった。

 東海大五は福岡を代表する強豪校であり、コーチとして“国立”も経験していた有馬監督だが、文化も違う新しい場では思わぬ苦労も経験した。

 夏の全国高校総体で好結果を出し、「さあ選手権」と意気込んでも、野球部を始めとするほとんどの部活は夏で活動を終えており、教室の雰囲気も一気に弛緩する。秋には修学旅行などの学校行事も詰め込まれており、進路も定まった中で戦う選手権予選は難しさも痛感させられてきた。

 2017年、2019年、2021年と夏の全国高校総体に出場を果たしているものの、いずれの年も選手権では結果が出ずに予選敗退。ただ、神奈川県内での存在感が増す中で、テクニカルなパスサッカーは神奈川の中学生からの人気は高く、進路に選ぶ選手は確実に増加していた。

 山口竜弥(徳島)や中山陸(甲府)などJリーガーも輩出し、育成面での成果も少しずつ積み上がってきており、種は芽吹きつつあった。

夏の手応えと悔恨を冬へ

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 2024シーズンも夏の全国高校総体へと出場。もはや夏に関してはお馴染みの顔にもなってきた感があったが、3回戦で帝京長岡高校に0-4と惨敗。有馬監督が感じた「この強度の中でやれるチームにならないとあかん」という思いは選手とも明確に共有できるもので、これが一つの転機となった。

 元より「今年はちょっとサッカーを変えている」と有馬監督が語るように、従来の徹底したテクニカル志向にやや修正を加える形で冬にフィジカル面を徹底強化してきた。

 選手からは歓迎ムードとはいかなかったようだが、指揮官は現代サッカーで勝つために求められる精度と強度の両立のためのベース作りにこだわった。

 走りや筋トレなどのメニューを増やしただけでなく、「1対1や1対2、2対2といった練習も増やした」(有馬監督)。タフに戦えるチームを目指しての改革に努めてきた。

 夏の全国高校総体では3回戦で帝京長岡高校(新潟)に0-4と大敗を喫し、あらためて「強度の重要性を選手も感じられた」ことも大きかった。悔いの残る負けを選手権に向けたモチベーションへと昇華し、初の県予選突破。選手権の舞台へと駒を進めた。

 大会当初は選手権独特の雰囲気に選手たちが「慣れなかった」(有馬監督)ことで、思うようなプレーができない試合も多かった。ただ、明秀日立との準々決勝では、前半途中から「(相手を)集めてサイドチェンジ」という東海大相模らしいテクニカルなサッカーを全国舞台でも堂々と披露。タフネスを売りとする相手にフィジカル勝負となる局面でも渡り合いつつ、逆転勝利に結び付けてみせた。

「選手から『監督、これでベスト4ですか?』と言われて、『だなあ』と返して抱きつきました。夢のよう……」

 そう笑った4強は、かつて東海大五のコーチとして体感したこともある国立舞台。当時は国見高校に惜しくも敗れたが、今回迎える相手は優勝候補の流通経済大学付属柏高校である。

「流経はあの大津に勝つくらいですからね。ヤバいっすよ。今日は8-0で勝った? 準々決勝ですよ? もうバレるまで12人でやるしかないな」

 そうジョークを飛ばした有馬監督だが、本気でそう思っているわけでもあるまい。あの国立へ、東海大相模の名前を勝者として刻み込みにいく腹づもりだ。

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