taniguchi(C)Ryohei Hayashi

【現地発】カタールで戦う日本代表DF谷口彰悟の今。「充実している」ゼロからのスタートを始めたことの意味

カタール・ドーハの中心地から車で移動すること約30分。ホームスタジアムのアフメド・ビン=アリースタジアムの近くに、アル・ラーヤンのトレーニング施設がある。

暑さを考慮して18時から開始されたトレーニングには、日本との文化の違いが感じられる出来事が多くあった。日本代表に名を連ねる谷口彰悟は「僕も最初は戸惑いましたよ」と笑顔で同調してくれた。

日本と全く異なった世界でプレーすることの難しさは、この日のトレーニングだったり、試合を見ればわかる。言語や文化の違いもあれば、サッカーに向き合う姿勢すら違う。例えば、トレーニング後に自主練をする選手は外国人ばかりで、ローカルの選手はほとんどやらないのだという。実際に取材した日もミッドウィークに試合に出た選手は早めに終わったのだが、ほとんどの選手がすぐにクラブハウスに戻る中、谷口とロドリゴ・タバタの二人だけはコンディション調整のためにピッチ内をランニングしていた。

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川崎フロンターレからカタールのアル・ラーヤンに移籍してから約1年半。多くのことを経験してきたからこそ、谷口は素直な思いを口にする。

「僕からしたら彼らはもう完全に練習不足ですね(苦笑)。(試合などでも)時間稼ぎとかではなく、僕の感覚的にはシンプルに疲れたから休みたいという感じなので。代表戦で中東のチームと試合をすると、結構そういうことも多いから、そういうことなんだなと理解しています」

普通に考えれば、そんな選手がチームメイトにいたら溜まったものではない。”チーム”で戦うスポーツなのに半数以上がそんな状態だと勝てるものも勝てなくなる。だからこそ、「全てがポジティブなことだけではない」と言い切るし、「自分の中でこれは割り切ってやらないといけない、これはもうできないと、自分の中で切り捨てていかないといけない部分がある」と強調する。

ただ、「技術的なところや戦術的なところなど、そういったものはもちろん日本の方が優れていると思います」と説明する中で、谷口がカタールでプレーをし続ける理由は何なのか。そこが気になった。

「言ってしまえば、結構アバウトな感じの大雑把なサッカーというのは、日本でやっていたらほとんど経験できない。身体能力が生きるサッカーでもあるので、個人で止めないといけないし、周りに頼れるところもあれば、頼れないところもたくさんある。その意味では、どこで自分のパワーを発揮するのかというところは、もしかしたらJリーグの時より今の方が割り切りを含めてうまくできるのかもしれないなと思います」

「『確実に成長しているか』と言われたらわからないですけど、そういうやり方をしてきたことで自分の引き出しは増えているのかなと。違う空気で、違うサッカーをしたいというところで飛び出してきたので、望んだ通りのことができていると思います」

taniguchi(C)Ryohei Hayashi

とはいえ、日本代表に呼ばれ続けている選手としては、下からの突き上げもある中で、残っていくためには代表レベルを維持し続けなければならない。そう考えると、カタールで成長していくことの難しさを感じてしまう。カタールでやり続けることがベストなのか。率直にその思いをぶつけてみた。

「もちろん、そこの代表の基準みたいなものは常にブラさず、自分の中で持っておかないといけないと思います。でも、代表での強度だったり、対戦相手の外人の強さだったり、速さだったりというのは、Jリーグの時にもイメージしながら戦っていた。もちろんヨーロッパに行って、そのレベルを常に体験するのが一番いいと思いますけど、ここにも強烈な外人はいて、そういった相手とバチバチにやりながら、というのはすごく楽しい。その中で、要所要所で『今のこれで止められたけど、ちょっと今の危うかったな』とか、『もっとこうした方がよかったな』、『もうちょっとレベルが高かったらこれいかれていたな』というのは、自分の中で基準というものをブラさずに持ち続けてやっているつもりです。それをキープするのが結構難しくて、ストレスが溜まることももちろんある。それでも現状は今ここにいるので、それでやるしかないと割り切りながらやっています」

日本にいてもカタールにいても、高い基準を持ってプレーする思考は変わらない。その中で、日常が変わったことが自身の進化につながっていると谷口は考えている。

「Jリーグでやっていたら周りに言葉を伝えて、自分がやりやすいように動いてもらって取れたりはありますけど、そもそもそんな考えが今はそんなにない。『こんなに広いスペースで1対1か、こいつは速いしいかれたらまずいな』という感じは、DFからしたら面白いですね。なかなか日本では経験できないかもしれないという部分ではポジティブです。いい意味で責任もあるけど、そういうところから解放されてもいる。フロンターレでやっていた時は『何がなんでも守らないといけない』『絶対に失点をしたくない』『どうにかしてでも得点を取らせてはいけない』というのがプレーに出ていたけど、今は自分のところで不利な状態でも逆に楽しめるぐらいの余裕は少しあるかなと。それはこういう状況じゃないとできないのかなと思います」

質問に対して「難しいですね」という言葉もよく聞こえた。知ることのできない苦労もとても多いのだろう。それでも”川崎Fの谷口彰悟”という安泰な地位を捨てて、ゼロからのスタートをカタールで始めたことの意味は、本人が一番実感している。

「Jリーグの時のプレーとは全く違うと思いますし、考え方も多少なりとも変わってきている。こっちにきて自分の力というか、自分の能力を証明しながらチームの勝利に貢献していかないといけないという意味では、本当にゼロから始められて、メンタル的に楽しいし、充実していると思います」

さまざまな経験を経て「今はポジティブにやれていますよ」と笑う男は、カタールの地で日々自分に向き合いながら、一歩一歩前進を続けている。

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