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【現地発】「サッカー人生でわかっていることがある」。ミッション・インポッシブル完遂のキーマンとなった浅野拓磨の信念

 常々“持っている”と表現される男がチームにもたらしたものは”愚直にやり続ける”姿勢だった。

 ブンデスリーガ昇降格プレーオフ。浅野を擁するボーフムは、ホームでのファーストレグに0-3で敗れた。2部チームのデュッセルドルフを相手に喫した完敗。セカンドレグがあるとはいえ、大きなディスアドバンテージを強いられる事態は想像もしていなかっただろう。実際、そこからの3日間は「正直、雰囲気は良くなかった」という。敵地での試合で3点差をひっくり返す。そんな極めて難しいミッションを前に、チームの士気はなかなか上がらなかった。

 それでも、浅野は諦めるという選択肢を持っていなかった。

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「やはり試合が近づいてくるにつれて、もうやるしかないなと。チームメイトとも話しましたけど、『どう?いけると思う?』という話をする中で、『やれるんじゃない?』っていう会話を僕もチームメイトとしました。とにかく早い時間帯で点を取れば、全く問題ないんじゃないかという話はしていましたね」

 相手より先にゴールを奪って自分たちに主導権を持っていく。その狙いは遂行されることになる。

 迎えたセカンドレグ。デュッセルドルフが少しばかり受け身に入ってきた中で、失うもののないボーフムは積極果敢に前に出た。決して綺麗な崩しがあるわけではない。ロングボールを起点にサイドに振ってクロスを入れる。シンプルではあるが、相手が嫌がるプレーを続けた。すると18分、FKから先制点の奪取に成功。そこからは完全にボーフムのペースとなった。

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 後半、さらにスイッチを入れたのは浅野だ。この日、[3-5-2]のシステムを採用していたボーフムで「初めて」という右WBで58分から出場した浅野は、「僕自身、ディフェンスの選手よりもやれるという自信は持っている」というアグレッシブな守備と、「変化をつけることを求められている」というダイナミックな動き出しで存在感を発揮。少しずつ足が止まる選手が増えてきた中で、浅野が縦横無尽に走り回ることで周りの動きが活性化され、再び勢いを取り戻すに至った。

 常に100%の自分を出す。その思いをピッチで表現していた。

「今までのサッカー人生でわかっていることは、とにかくやり続けていたら何かが起こるということ。そこは今までの経験でわかっているし、だから諦める必要がないというか、止める理由が一つもない。やり続けていたら、もしかしたら大事な試合で点が取れたりするかもしれない。だから、1日1日の練習で手を抜いてしまうと、そのチャンスさえなくなる。とにかく100%でやり続けることが大事」

 その姿勢がチームに還元されたのか、66分、70分と二つのゴールが生まれて同点。ファーストレグのディスアドバンテージを跳ね返し、ボーフムは試合を振り出しに戻してみせた。

 その後、訪れた二つのチャンスを浅野が決めていれば、文句の言えない出来だっただろう。ただ、そこを決められなかったからと言って下を向くのが浅野ではない。やり続けることの重要性を理解しているからこそ、PK戦においても気負うことはなかった。

「個人的にはゴールを取ってチームを勝たせたかったので、(PKの時は)ただただ悔しかった。ただ、負ける気はしなかった。自信を持って全員がPKを蹴ることができたんじゃないかなと。僕自身もそうです」

 カタールW杯の際にもPKを成功させた浅野は、この日も見事なシュートをゴール左に沈めた。それだけを見れば得意なのかと思うが、普段は「あまりPKの練習をしない」という。それでいて「あまりこういうのは言いたくないけど、正直緊張する」とする中で、なぜそこまで上手くPKを決められるのか。

「やはり周りで見ている人はわからないと思いますけど、(緊張で)足の感覚が無くなるくらいではあるんです。だから狙っているところになんていきそうにないんですけど、自分の体がどうであれ結果的に外れてしまったとしても、蹴ってしまったら仕方ない。それでも決めるという気持ちで蹴っているつもり。だから、本当に気持ちです」

 そんな浅野のPKもあり、7人中6人がPKを沈めたボーフムがデュッセルドルフをPK戦の末に撃破。3点のビハインドをひっくり返すミラクル・ボーフムを完遂させ、ブンデスリーガ残留を決定させた。

 ボーフムが勝利した要因はいくつかあった。それでも浅野というピースが無ければ、この試合の勝利はなかったはずだ。勝つために、ゴールを取るために愚直にやり続けた浅野とボーフムに、サッカーの神様は最後に微笑んだ。

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